みんなのふるさとこぼれ話96 都内初の試み 七生中学校の広島方面(広島・京都)修学旅行

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ページID1031134  更新日 令和8年6月24日

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 今から81年前の昭和20年(1945)8月6日に広島、9日に長崎に人類史上初めて原子爆弾が落とされました。 

 時がたち昭和50年(1975)6月、七生中学校が都内初の広島方面修学旅行(広島・京都)に行きました。7月8日付朝日新聞都下版には【「原爆の地」へ修学旅行 日野の七生中 多くの収穫、文集に」】という記事が掲載されています。

 その広島への修学旅行を推し進めたのが、戦時中、学生だった田中憲助先生と徴兵経験のある赤木喜代夫先生でした。昭和50年3月に新幹線が博多まで開通するのを見越して広島修学旅行を計画し、2年次から二人を中心に学年で平和教育に取り組み、自主教材『原爆』や映画「ひろしま」、広島二中1年の全滅を記した『碑(いしぶみ)』や原民喜『夏の花』を勉強しました。

 長い時間をかけて広島に辿り着いた修学旅行1日目の終わりに、比治山〔原爆投下時、多くの被爆者が避難し多数の死傷者が出た所。1950年にはアメリカのABCC(原爆傷害調査委員会)が置かれた所]から広島市内・似島(臨時野戦病院として多くの原爆負傷者が搬送され亡くなった所)を遠望しました。2日目は平和記念館(被爆教師の原爆体験を聞く・映画「ヒロシマ・原爆の記録」・展示見学)―原爆資料館―平和公園内の碑をめぐり、「原爆の子の像の前で折り鶴を捧げ、音楽の大宅寛先生の指揮で「青い空は」「原爆許すまじ」を歌う、午後1時12分広島発・京都へと向かいました。実際の広島滞在は1日でしたが、生徒たちは多くのことを学びました。

 市内では昭和58年(1983)日野第四中学校、同61・62年(1986・87)大坂上中学校が広島・京都修学旅行に行っています。

 中学・高校時代に広島へ修学旅行に行かれた方も少なくないと思います。その時、あなたはどのように感じたでしょうか。

広報ひの 令和8年(2026)7月号 掲載

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