みんなのふるさとこぼれ話93 正福寺と即身成仏した尼僧
江戸時代、程久保に岩戸山正福寺(しょうふくじ)という寺がありました。開山の栄伝法印は元禄年中(1688-1704)の人といいます。正福寺は、三沢村の真言宗医王寺(明治初期に廃寺)の末寺で、神明社の別当を務め、四間半×三間の本堂に、本尊の虚空蔵菩薩像が安置されていました。明治3年(1870)にはすでに無住で、同6年(1873)~9年(1876)ごろ廃寺となりました。昭和38年(1963)ごろにはまだ、神明社本殿の右に庫裡(くり)(台所)の一部がわずかに残っていたそうです。
この寺には、幕末のころ、堂守をつとめていた妙智法尼が、村人に見守られながら、生き入定(にゅうじょう)を果たし、即身成仏(そくしんじょうぶつ)した話が伝えられています。
妙智法尼は、堂守だった父善了法印の死後、自ら即身成仏することを願いました。身を浄めた法尼が、袈裟姿で数珠を手に棺桶の底に扶座して瞑目すると、村人たちによって棺桶が土中に埋められました。
近所の女衆は毎日のように、息ぬき竹に耳を当てて中の様子を探ろうとしました。かすかに読経や念仏を唱える声や、伏鉦(ふせがね)を叩く音が聞こえてきました。
とうとう21日目、何の音も聞こえなくなり、村人たちは法尼が仏となったことを知り安堵しました。(『日野市史 民俗編』より)
段々畑の中にあった正福寺の墓塔は、戦後、周囲の宅地開発が進み、山から流入した土砂で埋まってしまっていましたが、平成15年(2003)秋の彼岸に、程久保観音講の方々によって整備されました。現在は4基の墓塔がひっそりと建ち、正福寺のあった名残を伝えています。
広報ひの 令和8年(2026)4月号 掲載
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