みんなのふるさとこぼれ話95 皇后の七生村行啓
昭和18年(1943)6月21日、皇后は太平洋戦時下の農村の状況を視察するため、七生村へ行啓しました。
この日、まず多摩陵(大正天皇陵、八王子市)を参拝した後、午後1時過ぎ日野駅に着き、車で七生村に向かいました。途中の上田で府立第四高等女学校の生徒による勤労奉仕「梨の袋かけ」を見て、高幡の七生村信用販売購買利用組合(産業組合)の事務所へ入りました。ここで松村府知事と濱田村長兼組合長から農業の状況について説明を受け、組合の農業倉庫、共同作業場、醤油醸造場などを見学しました。
続いて、三沢の土方龍之助家で車を下り、掘り抜き井戸の水を利用した鮎の養魚池を見学しました。向かいの農繁期共同炊事所では、上板橋女子青年団員が農家に代わって食事作りをする姿を見ました。
そこからは徒歩で百草・落川方面へ進み、潤徳国民学校の児童が桑枝の皮むきをする姿(桑の皮の繊維で国民服を作った)や七生村青年団女子部員による田植えを見ました。沿道に立つ戦死者の遺族と80歳以上の高齢者に会釈し、百草駅(現在の百草園駅)前で京王線の軌道を越え、府立第四高女の麦刈りや国民学校児童の螟虫(ずいむし)駆除などの奉仕作業を見ました。
最後に、程久保の東京府拓務訓練所(満州への農業移民を養成するための訓練施設)を訪れ、約100人の訓練生を激励して、午後3時、日野駅からお召し列車に乗り宮城(皇居)へ帰られました。
翌日の新聞各紙は、「府下の一寒村」「草深き農村」である七生村を皇后が歩いて視察し、村民たちが感激にむせび泣いたと報じました。
七生村のような農村は、戦時下での食糧増産を特に期待されていました。小学生や女学生たちも、授業よりも農作業などの「勤労奉仕」に従事して、戦地へ行った成人男性の労働力不足を補わなければなりませんでした。
なお、「NHKアーカイブス」で、この時のニュース映像が公開されています。
広報ひの 令和8年(2026)6月号 掲載
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