みんなのふるさとこぼれ話77  大正15年日野橋の開通式

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ページID1027081  更新日 令和6年8月7日

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渡り初めに使われた草履と記念の銀杯の写真
渡り初めに使われた草履と記念の銀杯(滝瀬豊氏寄贈)

 令和元(2019)年10月、東日本台風による大雨で多摩川が増水し、甲州街道(一般都道256号)日野橋は立川市側から5番目の橋脚が沈下し、橋の一部が陥没して通行止めになりました。復旧工事を経て、現在は架け替え工事が進められています。

  日野橋は、大正15(1926)年8月に竣工した鉄筋コンクリート造りの橋です。それまで多摩川を夏は渡し船、冬の渇水期は板橋で渡りましたが、日野橋の開通で渡船は廃止されました。日野橋は渡船より450m下流に架設されたので、甲州街道(当時は第八号国道)も付け替えられ、立川駅と高幡駅間を走るバスが、多摩川の渡し経由から、日野橋経由に変更されました。  

 8月25日に竣工祝賀式が行われ、橋の永続を祈って、万願寺の滝瀬家の三世代の夫婦が選ばれ、立川側から日野側へ渡り初めをしました。続いて招待客らも橋を渡り、日野橋南詰で祝賀会が行われ、鮎やローストビーフなどが振る舞われまし た。

 実はこの日の未明に、日野宿で火事があり、日野郵便局が類焼しました。正午には佐藤局長宅の一室を仮事務室として執務を再開しましたが、明治14 (1881)年の行幸で明治天皇が使用した卓子 (テー ブル)は焼失してしまいました。こうした騒ぎもありましたが、日野 橋の開通式は無事行われたのでした。

広報ひの 令和6年(2024)8月号 掲載

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