みんなのふるさとこぼれ話57

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ページID1020077  更新日 令和4年7月14日

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みんなのふるさとこぼれ話57

野趣あふれる憩いの場「坂牧釣堀園」

釣り堀の写真
坂牧釣堀園(昭和34年ごろ) 坂牧明氏所蔵

 

今から60年程前、豊田駅の北側に多摩平団地が出来た頃、現在の黒川清流公園付近に「坂牧釣堀園」が開園しました。
時代は戦後の復興から高度経済成長期へ、昭和33年(1958)には多摩平団地の入居が始まり、同38年には日野市が誕生、同39年には先の東京オリンピックが開かれた頃です。
戦後、坂牧軍治氏は、最初は自家用に鶏・山羊を飼い、養豚・農作業をしていましたが、この地が年間を通して水温があまり変わらない清冽な湧き水に恵まれていることに着目し、やがて釣堀を始めました。
坂牧釣堀園では、へら鮒・マス・金魚の他、氏が錦鯉発祥の新潟県山古志育ちだったからでしょうか、錦鯉・食用鯉も扱っていました。
当時の吹上(現在の東豊田3丁目付近)には今のように家はなく田んぼと畑ばかりだったので、崖線に掲げた「セントラル葡萄酒」「釣堀」、屋根の「越後特産 錦鯉」の看板が中央線の車窓からよく見えました。
釣堀には、市内企業で働く人や社宅の人、多摩平団地の人が休日に子連れでやって来たり、中央線豊田駅にも近かったため、近隣から訪れる人もいました。木立に囲まれた野趣味ある釣堀は、休日に近場でホっと一息、あまりお金のかからないレジャーとして、昭和30年~40年代の釣りブームと相まって人気だったそうです。
しかし昭和40年代に入ると周辺の宅地化が進んだため、坂牧釣堀園は幕を下ろしました。
黒川清流公園は、今も人々の憩いの場となっています。

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