みんなのふるさとこぼれ話45 豊田駅開業120年

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ページID1016068  更新日 令和6年6月7日

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みんなのふるさとこぼれ話45

豊田駅開業120年

昭和40年代前半改築工事中の豊田駅写真
改築工事中の豊田駅(昭和40年代前半)

JR中央線の前身である甲武鉄道は、明治22年(1889)8月11日、新宿から八王子まで開通しました。しかし当時は、立川の次は終点の八王子で、途中の日野にも豊田にも停車場はありませんでした。そこで、日野宿と桑田村はそれぞれ自分の村に停車場を誘致しようと、甲武鉄道会社に働きかけました。結果は、日野宿が停車場の敷地を寄付するなどして交渉を有利に進め、翌23年1月、日野停車場が開業しました。

しかし、豊田の山口平太夫らは、豊田に停車場を作ることをあきらめませんでした。東京府立農事試験場の分場を豊田に誘致するのとともに、停車場の誘致を実現させようとしました。明治33年1月、豊田と川辺堀之内の住民が甲武鉄道会社に停車場開設の願書を出しました。停車場の敷地、取付道路敷、土工費、駅舎建設費などを地元が負担することで話がまとまり、9月に停車場の開設認可が下り、翌月起工しました。地元負担金の3千494円余は、豊田の共有金と共有地の売却代金、個人の寄付金などで賄われました。

翌明治34年2月22日、豊田停車場が開業しました。甲武鉄道会社からは祝儀として清酒1樽と鯣するめ200枚が贈られ、地元では花火21発が打ち上げられてお祝いしました。


近隣の由井村(八王子市)、七生村(日野市)、由木村(八王子市)、多摩村(多摩市)から薪・炭などが豊田停車場を利用して出荷されるようになり、これらの村に通じる道路の整備が進みました。


甲武鉄道は、明治39年に国有化され、中央線に編入されました。昭和5年(1930)に立川~浅川(現・高尾)間の電車運転が始まり、さらに複線化工事に伴い、昭和12年日野駅は現在地に新築・移転し、豊田駅も改築されました。


昭和33年に多摩平団地ができると豊田駅の北側の整備が急速に進み、昭和44年、南北を横断する跨線橋に改札口を設けた現在の橋上駅に改築されました。


JR豊田駅は、令和3年(2021)2月に開業120周年を迎えます。

広報ひの 令和3年2月1日号掲載

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