みんなのふるさとこぼれ話50 日野市に残る字限図
みんなのふるさとこぼれ話50
日野市に残る字限図(あざぎりず)
字限図は、正式な名称を「小字限り切り絵図」といい、手書きで彩色された小字ごとの絵図です。明治7年(1874)から13年にかけて実施された「地租改正」に関連して作成されました。
字限図は、江戸時代の絵図とは異なり、実測された地籍図で、地番が記入され、田・畑・屋敷など地目ごとに色分けされ、道路・用水なども詳細に記入されています。日野市には、市域全体の小字の9割ほどにあたる246枚が現存しています。長らく、市役所で行政資料として利用されてきましたが、データ化されたため、平成25年(2013)、現物は郷土資料館で、歴史資料として保管することになりました。大きさは絵図によって区々ですが、およそ一辺が80センチ程度のものです。
「地租改正」は、明治政府が、江戸時代の幕府による土地支配を、新しい時代に合わせて大幅に改変したもので、現在の土地制度の根幹となるものです。土地の収穫高に対して年貢を納めていたものから、土地の私有を認め、所有者に地租という税金を納めさせるという、画期的な改変でした。
一筆ごとの土地に地番を付け、面積を測り、それまでの収穫高などから、地価を算定するという、大変手間のかかる作業でした。山林・原野はほとんど実測されず、歩足や目測で行われました。このため、何度も修正や訂正が行われています。
実際の作業にあたったのは、それぞれの村のかつて名主や組頭をつとめた人々などで、市内の旧家には、この時に作成された様々な資料が残されています。字限図とともに「改正反別帳」という記録があり、一筆ごとの所有者、面積、地目が記されています。反別帳は、現在の土地台帳作成の基礎資料となりました。
字限図は、地番と地目が記されているので、現在の土地が、明治初期にどのような場所であったのかを、詳細に知ることができます。また、日野市の場合には、長く行政資料として用いられていたので、甲武鉄道(JR中央線)の敷設や甲州街道の拡幅など、その後の改変が書き込まれていて、地域の変遷を知ることが出来るものとしても貴重です。
日野市には、数多くの字限図が存在していますが、他の地域では、地震・津波・大火・空襲などで失われてしまっていることも多く、当時のまま受け継がれてきた事は、幸運なことだったといえるでしょう。地域の昔を知る歴史資料として、大切にしていきたいと思います。(郷土資料館)
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