4百草園の額

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ページID1024936  更新日 令和5年10月2日

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百草園の額の写真

この「百艸園」の扁額は、明治20年(1887)4月の百草園(京王百草園の前身)開園の時に、百草出身で生糸貿易商として横浜を中心に活躍し、百草園を興した青木角蔵氏によって掲げられたものです。
 額の左側に書かれた文から、 「百艸園」の三文字を角蔵が起草し、明治20年1月、横浜に滞在していた清朝人、王仁爵(字 汝修)によって絹の布に墨書されたものとわかります。
 左側に押されている2つの印の内、上の印には 「王印仁爵」、下の印には仁爵の字が右から「汝修」と押されています。王仁爵こと汝修(1843~1895)は浙江省慈渓黄山村出身で、書家で詩文にも精通し、中国六朝時代の古体文に堪能で、さらに書画に優れた人であるとされています。
 額の右側には百草園開園を祝う、四字熟語「天空海闊」(大空にさえぎるものが無く、海が広々と果てしなく大きいの意味)の印が押されています。またこの熟語には「度量が大きくて包容力に富む」との意味も込められており、まさに「百草園」の門出にふさわしく、百草園開園を主宰する角蔵の思いをあらわしたかのようです。

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