○家族で食卓を囲むことの大切さ 市長 学校では、今「社会人講師」といって、地域で技能を持つ方に教えてもらおうという動きがあります。「栄養」とか、「食」の分野でお願い出来ると、新しい発想で面白いと、お話を伺っていて思いました。  さて、最近の家庭の食事です。昔は、おじいちゃんもおばあちゃんも一緒にちゃぶ台を囲んで食べる温かい光景が見られたわけですが、核家族になってきてどんどん、お互いがバラバラになっています。「孤食(こしょく)」という言葉まで生まれたように、最近は、食事を一緒に出来ない家庭が多くなってきていますね。 服部 一緒に食事をしていても、「個食(こしょく)」といって、食べてるものがバラバラということもあります。それを認めてしまっているということは、子どもが嫌いなものは食べなくていいってことになるわけで。そのうえ、テレビを見ながら食べてますから、食事に集中できません。したがって、味が分からない。話もテレビの中のことが中心で、子どもが将来、どういう道に生きるかなんていうのを、親が話して聞かせることもない。そもそも、「育てる」ってことが何なのか分かってないんじゃないですかね。 市長 たぶんそういうところに原因があるんじゃないかと思うんですが、最近は給食を食べ残す子が非常に多く、かえって残すことが、当たり前になっているところがあります。 ○ニッポン人のDNAと伝統の食文化 服部 日本は、確かに豊かになりました。工業化を図るために外国から素材を入れて、加工して、付加価値をつけて、世界に売り出していったわけです。それで、日本はお金持ちになり、GDPでも、世界第2位にまでなったわけです。しかし、気がついてみたらやはり食料自給率は下がってしまった。我々の食の変化っていうのは目まぐるしいものがあります。我々のDNAは、昔から食べているものをやさしく受け継ぐために出来ていますが、これほど急に食生活が変わった国は、世界でも珍しいですよ。我々の体のDNAには、インスリンが出にくいというのがあり、たくさんの糖分が消化し切れないんです。もう一つ、我々の体の中に埋め込まれたのが、いわゆる「飢餓センサー」です。1年後、もしかしたら、食べる物がとれないかも知れない。1カ月後、そうなるかもしれない。明日なるかもしれないという恐れが、実は、栄養部分っていうか、余計なものが分解されず中性脂肪になったりして吸収されてしまうんです。これは、3千年の間に培われた我々の民族の持っている、体に染み付いた宿命といえます。そこに貯蓄するから太りやすいし、糖尿病になりやすいんです。欧米人と比べると6.4倍にもなります。 市長 今のお話にも出てきましたけれども、我々はずっと、日本食というものを伝統的に食べてきたわけです。それが、西洋的な食事の仕方に変わった。本当に西洋的かどうか分かりませんが、そのへんのところを、もう一度見直すというような視点も必要でしょうか。 服部 ただ、昔の日本料理ではだめなんですよ。バランスが大切ですから、理想的なのは、今から30年くらい前の西洋と日本の両方が混合してる食事だと思います。今は、西洋に偏り過ぎてしまってます。 市長 なるほど。ご飯を、最近食べなくなったというか、食べる機会が減ったと思うのですが。 服部 この40年間で、肉の摂取量は5.5倍、スナック類は4倍になっているのに、お米の摂取量は約半分に減ってしまっています。 市長 若い世代、とりわけ子どもたちの「食育」を、これから一生懸命やらなければという意味がよく分かります。  一方、日本人は長生きになりました。シニアの方々にも、「食」というものの大切さを気づかせるというふうな視点も行政には必要ではないかと思いますが。 ○日本の食育を世界のショクイクへ 服部 そうですね。僕は世代に合わせて段階的にいろいろ変えていく必要があると思うんです。昔の経験をしている人は、昔のものに戻すことが一番合っていると思いますが、若い世代は、ちょっと外国に傾き過ぎですね。「スローフード」(注3)に関しても、「ロハス」(注4)に関しても、マスコミもみんな騒ぎます。ですから逆に、「食育」というのを、世界に打ち出そうと思っています。世界中どこでも「ショクイク」でいきましょうと。  若い人からお年寄りまでそれぞれの世代がどんな食べ方をしたらいいのか知ってもらいたい。そのためには、お年寄りにはお年寄りの食べ方を、若者には若者の食べ方を指導できる人が必要です。これからの栄養士さんは、料理をもっともっと知ってもらいたい。献立を決めるのにカロリー計算が先ではいけません。まずは、そういったことが指導できる人を養成していかなければいけません。 市長 市では、保健師さんを増やし健康行政を進めていて、人口1万人に1人ということで、現在17人います。 服部 それはすばらしいですね。 市長 しかし、お話を聞いていると、これだけではどうも健康行政はできないのかな。栄養士さんの協力も必要だろうと思いました。 服部 栄養士の仕事は、学校での栄養指導だけではなく地元の中で、みんなに必要とされるものを、打ち出して、それを伝えるようなことも必要だと思います。 市長 そこで、特に子どもの関係では、満足に朝ごはんを食べていない子どもが多いんです。そのへんのことも、何かやらなければいけないと思いますね。 服部 まさにそこです。「欠食児童(けっしょくじどう)」と言われる子どもたちが非常に増えてます。統計を見ると全国の小学5年生の4.1%は朝食を摂っていません。20歳代になると、実に男性の38%が朝飯抜きです。少なくても、子どもはゼロに、大人も15%ぐらいにしたいと思っています。 市長 もっともっと、朝ごはんをきちんと食べましょうということですね。  よく言われますけれども、朝の食事が、昼間の仕事の基本になるんですね。 服部 「朝飯前(あさめしまえ)」って言うくらいでね。本当は、朝飯を摂らなくてもできるっていうぐらいの体を作っておかなきゃいけないんですよね。 市長 そうですね。しかし、先生のお話を伺って、栄養士も保健師も、あるいは地域の人たちも含めて、今の日本の食の状況だと、「大変なことになるぞ」という認識をもう1回持たなければいけないのかなと、改めて感じました。 ○食べることは生きることの基本 市長 少し話題がずれますが、食品の安全について最近、いろんな遺伝子とか、添加物とかが言われています。特に農業関係者の間では農薬についても、かなり法律が厳しくなったといわれていますが、このへんについてはどうお考えですか。 服部 そうですね。生産者はつらいかもしれないけれど、そういうものを乗り越えて、安心で安全なものを作ることが大事ですよね。僕は今のままだと、どうも日本は悲しいかな自給自足は、衰退の一途をたどると思いますね。彼らを、もっと援助して、生き甲斐として、仕事ができるようにしてあげないといけませんね。  私は幼稚園から始まって、大学までそれぞれの教育の目標を調べましてね。そしたら、幼稚園は、「区別」で、小学校になると目標は、「協調性」になるんですね。次に、中学は「社会性」だと思うんです。高校は何かといったら、進学するのか、就職するのか、ここが「志(こころざし)」だと思うんです。そういうものを持たせないで、私の学校に入ってくると、最初の何カ月間か、区別を教えて、次に協調性を教えて、社会性を教えて、そして志まで教えて最後に、我々は、社会に対して、こんなとこが貢献できるっていうような「使命感」を目標として教えます。どうもそのへんが、社会全体がぐらついているのではないかと思うのですよ。これは、やはり、人々が自分の生き甲斐などを見出すための使命感を持っていないわけですね。  そういう意味で、今の日本人は、全般的に一本筋が通っていないっていうのが、まさに今、問題だと思います。少なくても「食育」っていうのは、食卓の囲み方から、何を食べるか、そして誰と食べるか、どのような方法で食べるかというようなことを知った上で、今度は食べた人たちが一人前になったときに、どういう使命感を持つかというところまで教えてあげられるのかが、この食育基本法の一番大きな命題なんですね。ですから、僕は「食卓基本法」と呼んでいるぐらいです。  今、自分たちが何のために生きてるかっていうのが分からない人たちが本当に増えちゃったことが問題です。 市長 今のお話を伺って、「食育」というものの、本質の深さといいますか、大きさといいますか、それを改めて痛感する思いです。本当に、現代人の、特に日本人の一番の欠点である使命感のなさとか、何かのためにっていう目的意識のなさとか、これからの人を指導するときの難しさを感じますね。 服部 ええ、そうですね。そして、日本人は、もっと日本の伝統や文化に自信を持っていいんです。自分たちのやってることがいいことなのか悪いことなのかぐらいの判断を自分で決められる人になって欲しいですね。昔で言うところの「分別(ふんべつ)」っていうやつですよ。今は、親も未熟ですからね。 市長 しつけられてこなかったということになるんでしょうか。 服部 そうです。 市長 いや、今日、お話を伺っていて「食」というと、私達は、単に「食べもの」というイメージを持ちますが、それを超えて、生き方の基本であり、しつけの基本であり、これからどういうふうに仕事をし、生きていくのか、「全ての基本がここにあるな」っていう感じがして、「食」を再認識させていただきました。 注3 スローフード  (1)伝統的な食材や料理・質のよい食品を守る(2)質のよい食材を提供する小生産者を守る(3)子どもたちを含め消費者に、味の教育を進める、という3つの指針をもとに自らの健康を守ることを理解し、正しい食生活を身につけることを推進する運動。 注4 ロハス  LOHAS=Lifestyles of Health and Sustainability の頭文字をとった略で、健康と持続可能な地球環境を重視した社会生活を心がけるライフスタイルという意味。 (3面へつづく)