日野の地名のおこりについては、3つの説があります(参考文献『日野市史 民俗編』(日野市史編さん委員会発行))

  1. 飛火野(とびひの)
    上古武蔵国国府が府中にあったころ、日野台地の上に烽火台(のろしだい)を設けたという伝説から起こり、はじめ火野と書いたが、和銅(わどう)6年(713)火野を日野に改めたという説(『武蔵名勝図会』より)

  2. 日奉宗頼(ひまつりむねより)の日の宮説
    武蔵七党のうち西党の祖日奉宗頼が、遠祖天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)を勧請して、日野宮権現を祀ったという伝説に基づくという説(『新編武蔵風土記稿』より)

  3. 日野中納言の来住説
    応永32年(1425)のころ、日野中納言資朝の玄孫、宮内資忠なるものが、当所に移住して土淵ノ庄をはじめて日野と号したという説