<1面からの続き> 陣内 日野市の用水路は、古代のものも遺跡で発見されています。歴史的に見ても、人が住みやすい場所であった。今ある農業 ゾーンがどのような歴史的変遷を経ているのかなど、皆さんに知ってもらえれば、今後このまちの目指す姿が示せるのではと考えて います。 市長 私は、日野市は都市型の魅力と農村的魅力が複合出来ればいいと思っています。今からでも遅くはないので、今残っている 農地、緑のゾーンを残していくことが必要だと思います。 陣内 自然が残されていることの価値、これは住んでいる人にとって有難い価値ですよね。住む場所にこれだけ豊かな自然があり、 菜園なども出来る。この価値が分かってくれれば誇りにもなるでしょうね。 ヨーロッパの人は週末になると、近郊の農村にあるレストランへ食事に出掛けます。日野市は、そんな風に活用される地域になり 得ると思います。 市長 フランスのミシュラン(注2)で高尾山がなぜ評価されるかというと、都心から一時間程度であんなに景色の美しい場所が ある。これとまったく同じですね。 みんなでこの景観を守っていくその仕掛けを 陣内 世田谷区とか練馬区など、23区内でも農業を守ろうという動きがあります。自分の作った作物を直売所で売り、地域の方が 美味しいと買ってくれて、それが自分の生きがいにもなる。都市型農業の活動が人々をつなぐコミュニティーのきっかけになります ね。 市長 日本は近代化に向け工業の面は一所懸命だったけれど、農業の評価が低かったです。これからは、もう一度農業を見直して いかなくてはと思います。 そのためには農家が農業だけで生活出来る仕掛け、特に若い人たちが農業に魅力を感じる仕組みを作らなくてはいけないと思います。 陣内 農業をやってみたい都市市民が増えています。私のところの学生も農家と親しくなって作業を手伝ったりして、若い人も、 感覚的に農業が重要だと分かってきた。 実際、日野市にも、体験農園や、農家の手伝いをする援農ボランティアが誕生してきている。 今までは、農家の人たちが厳しい状況の中、黙々と働いているイメージがありましたが、農家と市民が協働関係の持てる政策が必要 だと思います。 市長 農家の人だけでなく、みんなで農業、農地を取り巻く景観を守っていく、そんな仕掛けも作る必要がありますね。 これからはオンリーワン・誇れるところをアピール 陣内 用水路の一番の目的は灌漑(かんがい)でしたが、水車で動力になり、遊び場にもなっていた。歴史的にもさまざまな役目を 持っていました。 仮に、農業が出来ない環境になっても用水路に価値が無いなんてことはなく、21世紀の我々にとっては、用水路のある風景は、 過去の日野市の原風景を思い出させると同時に生活環境として十分な価値があります。 個性があり、そこに誇りを感じられて面白いまちに人は集まります。東京近郊で、こんなに用水路がある地域はないわけですから、 これからは、オンリーワン、1つしかない、誇れるところをアピールしていくべきだと思います。 市長 地域が持っている良さを生かしたまちを作っていかなければいけませんね。 陣内 これまでのまちづくりは、道や川をまっすぐにして全て画一化しようとした。 しかし、集落の中を通っている道や川などは、その土地の地形に合わせて曲がっているのです。それは人間のバイオリズムに合って いるのです。まっすぐな道は、車の社会には良いかもしれませんが人間は歩きたくないものですよ。 市長 21世紀のまちづくり、地域づくりは人が主体です。車の通る道も整備する必要がありますが、それと住民の生活する区域は 分けて考える。 そういう意味では、うねる道や川を残す、また昔の景色を思い出しその姿を復元するようなまちづくりも必要だと思います。 陣内 かつての農ある風景が残されてその中に新しい家も建っている。これまでの発想では、この風景を乱開発などと悪い方向で 見ていましたが、それも新しい田園都市の姿として大切にしなくてはいけないと思います。 そういう視点で見ると、日野市のかなり広い地域が評価すべき場所になると思います。 各エリアの良さを伸ばし地域全体のエネルギーを押し上げる 市長 歴代の行政は日野市の環境の良さを基本にしてきました。崖線の緑などを出来るだけ早く公有化しようとした。そのような 取り組みが住民に伝わっています。この環境をしっかり次世代に繋ごうという住民の意識は非常に高いです。 陣内 転入された方が、日野市の環境の良さを認めて活動している。そういう方が多いですね。これが印象的です。 私は、今回の研究がきっかけとなり、日野市でシンポジウムを開催しました。そのパネリストのほとんどが女性で、自分たちが 行っている活動を分かりやすく紹介し、ディスカッションも大変盛り上がりました。 行政や専門家がこのような場所で説明をするのは当たり前かもしれないけど、農家の女性が前面に出て行動出来る。大変素晴らしい 地域だと思います。 10年ぐらい前から、新潟県越後妻有(十日町市・津南町)で「大地の芸術祭」というものが行われています。限界集落(注3)で 過疎化している地域ですが、そこにアートを持ち込んで話題になりました。 世界中から芸術家が来るのですが、地元のおばちゃんたちが芸術家と交流し、製作や表現のお手伝いをしています。このようなこと がきっかけで女性の力が活性化し、地域・まちのエネルギーを押し上げているのです。 日野市にも、市内の女性たちが主となり共同で作物を栽培し、イベントしたりするコミュニティーガーデンとなっている農園があり ます。これも新しい形のコミュニティー活動ですね。 市長 このような地域の個々の活動がまち全体に広がっていったら理想的です。 日野市は、市内に駅が分散し、へそ、いわゆる核がないのです。農業もそれぞれの地域でそれぞれの農作物を作り、それぞれの場所 に良い物がある。私はその個々の良さを生かせば良いと思っています。 陣内 市民の皆さんがそれぞれ考えて、自分たちにあったものを作り出していく、地域に合わせた多様性がいいですね。マニュアル 化、画一化しては駄目ですね。 例えば、日野宿(日野駅周辺)を例に挙げると、そこは、かつて宿場で小さな都市を育んでいた。また、新選組など歴史の記憶も あり、用水も縦横に流れている。 そのような場所が市の代表する場所として個性・求心力を発揮して、アンテナショップ(注4)やレストランを作って市の農産物 販売や、地元野菜を使った料理を出したりすると、まちにメリハリが出てくると思います。 豊かな田園を抱えたきらっと光る小さなまちが出来るとすごく良い。田園の良さもあり、街道沿いはまちの華やぎを持っていて。 お互いが共存する質の高い地域が出来るといいですね。 行政の垣根を超えたダイナミックな地域づくり 市長 今後の政策は、これまで以上に横断的に考えていくことが必要だと思います。 たとえば農業をまちの活性化に結びつけたり、福祉に結びつけたり。すでに、障害者施設では、バラ作りなどをして、大変良い効果 を生んでいるということです。高齢者についても農業が認知症などにも効果的だと言われています。 陣内 これまで、私たちが研究報告を出しても、行政の縦割りで他の管轄の部署に伝わりませんでした。これからは行政の管轄の 垣根を超えてダイナミックな地域づくりをしていく必要があると思います。 市長 今回、先生の研究所で作られた『水の郷 日野 農ある風景の価値とその継承』(注5)という本の中に記述があるのですが、 新選組と農とか用水路を合わせてまちづくりをする発想はこれまでありませんでした。このような新しい発想により、まちづくりの 可能性はますます広がると思います。 ▲東豊田地区の水田(撮影:井上博司) ▲新井地区の田畑と向島用水(撮影:鈴木知之) 【用語解説】 注2 ミシュラン…フランスミシュラン社のガイドブックの総称。レストランの格付けで知られている。平成19年から、同ガイド で高尾山が最高ランクの観光地に選出されている。 注3 限界集落…過疎化などで人口の50パーセント以上が65歳以上の高齢者で社会的共同生活の維持が困難になった集落。 注4 アンテナショップ…自治体などが、その地方の製品紹介などを目的として開設する店舗。 注5 『水の郷 日野 農ある風景の価値とその継承』…平成22年11月発行、現在第2刷発行。編者・法政大学エコ地域 デザイン研究所、発行所・鹿島出版会。第2刷の著作権使用料は、「ひの緑のトラスト」に寄付される。 <3面へ>